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現世利益和讃とは [『浄土和讃』を読む(その168)]

            第11章 現世利益和讃

(1)現世利益和讃とは

 「諸経和讃」9首のあと「現世利益和讃」15首が続きます。親鸞は『金光明経』などにもとづいて、本願を信じ念仏をもうす人に現世でどのような利益があるのかをうたっています。本願を信じ念仏をもうす人は来世に仏となると説くのが浄土教ですが、では現世では何もいいことがないのかと言うと、とんでもありません。来世に仏となることに伴い、おのずから現世でもいいことはたくさんあります。
 それが現世利益で、親鸞は「信巻」でこう言っています、「金剛の真心(信心です)を獲得(ぎゃくとく)するものは、横(よこさま)に五趣八難(ごしゅはちなん、地獄・餓鬼など悪業にひかれて赴くところ)の道をこえて、かならず現生に十種の益(やく)をう」と。そして現生十種の益として、冥衆護持の益(神々に守られる)、至徳具足の益(素晴らしい功徳がえられる)、転悪成善の益(悪が転じて善となる)などを並べ、その最後に入正定聚の益(仏になることが定まった位につく)を上げます。
 この「現生正定聚」に親鸞浄土教の真髄があることはよく知られています。
 このように現世利益そのものには何も不自然さはないのですが、ここで『金光明経』が取り上げられることに若干の戸惑いがあります。『金光明経』といいますと、国家護持の経の第一として重視されてきたからです。聖武天皇は「国分寺建立の詔」を出し、国ごとに国分寺・国分尼寺を建てさせ、国家の平安を祈らせたのですが、そのため寺に『金光明経』が置かれたのです。国分寺は正式には金光明四天王護国之寺と言います。
 ぼくらの頭には、奈良・平安の仏教というのは鎮護国家の律令仏教であり、親鸞に代表される鎌倉仏教はその枠を取り払い一般民衆の救いをめざす仏教をつくっていったという図式があります。ところがその親鸞が律令仏教のバイブルとも言える『金光明経』を持ち出すものですから、「あれ!?」と驚くのです。『教行信証』には『金光明経』は一度も取り上げられていないのに、いったいどうして、と戸惑うのです。

タグ:親鸞を読む
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