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矛盾について(その27) ブログトップ

8月23日(月) [矛盾について(その27)]

 「事実の記述」でもなく「意思の表明」でもない第三のグループ「感情の表出」において対立が生じたとき、どうすればいいかという問題です。 
 それを考えるために、「見る」と「感じる」の違いを確認しておきたいと思います。ぼくが何かを見る場合、こちらにいるぼくが向こうにある何かを見ています。ぼくが何かを見るためには、見ることに先立って何かがなければなりません。こう言っても同じです、こちらが見ようが見まいが、そんなことにはお構いなく向こうに何かがあります。でもぼくが何かを感じる場合は、こちらにいるぼくが向こうにある何かを感じているのではありません。向こうから何かがやってきてぼくを否応なくつかまえるのです。そのとき感じるぼくと感じられる何かはひとつです。
 ぼくが何かを感じるとき「もうすでに」何かがあると感じますが、でもぼくが感じなければそれまでで、そこには何もありません。ぼくが何かを感じるのに先立って何かがあるのではないのです。ぼくが感じようが感じまいが、そんなことにお構いなく何かがあるのではなく、ぼくが何かを感じてはじめてそこに何かが姿を現すのです。そのとき「もうすでに」あると感じますが、それはぼくが感じるのに先立って「もうすでに」あるということではありません。

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