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矛盾について(その29) ブログトップ

8月25日(水) [矛盾について(その29)]

 歴史的事実は客観的だが、それをどう評価するかは主観的。
 映画監督は客観的な事実を歪めて議論するのはもってのほかだと言い、大学教授はこれが正しい歴史評価だと押し付けることはできないと言いますが、どちらの言い分にももっともなところがあります。歴史的な事実をなかったことにしたり(例えば「南京虐殺はなかった!」)、明らかな事実誤認の上に議論するのはもってのほかですが、一方で、その事実をどう評価するかは一人ひとりの自由です。国家が出てきて、これが正しい評価だと強制するのではファッショになります。ただ、どこまでが歴史的な事実で、どこからが主観的な評価かという、その線引きが難しい。
 「日本が1910年に韓国を併合した」と「それは日本が韓国を植民地として支配したことである」とを分けるとしますと、どちらも歴史的事実をめぐる問題か、それとも前者は事実だが後者はその評価をめぐる問題であるのか。先ほどの日本人青年は日韓併合とは日本の植民地支配ではなく、欧米の植民地支配に対して日韓がひとつになって対抗しようとしたのだと理解しているようですが、これは事実をめぐる論争か、それとも評価をめぐる争いでしょうか。
 この問題を考えるためには、それぞれの主張が「事実の記述」か「意思の表明」か「感情の表出」かをはっきりと見分けることが肝心です。事実を記述しているような顔をしながら、実は意思を表明していたり、あるいは感情を表出していたりすることはしばしばあるからです。
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