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矛盾について(その141) ブログトップ

12月17日(金) [矛盾について(その141)]

 自分はお金を払って必要なものを手に入れることができたのですが、お金のない人は必要なものを手にすることができません。そんなとき、ふと声がしませんか、「お前は他の人を押しのけて生きている」と。あるいは、幸い人を突き飛ばすこともなく椅子を確保できましたが、運の悪かった人はあぶれてウロウロしています。そんなとき「お前は他の人の席を奪っている」という声がする。これは内なる理性の声ではないでしょう。理性は「ちゃんとお金を払って必要なものを入手しなさい」、「人を無理やり押しのけることなく座席を確保しなさい」と命じるだけです。その命令に背くことなく生きている人に、「お前は他の人の生きる場所を奪っている」と言うことはありません。
 カントによりますと、理性は「単に手段としてではなく、同時に目的として扱え」と命じ、「手段としてではなく、目的として扱え」とは命じません。ところがいま問題にしている声は、「すべての人を手段としてではなく、目的として扱え」と言っているのです。これまで使ってきたことばでは、「すべての人にひとしく生きる場所がある」ということです。みんなに座席がなければならないのに、お前にはあり、彼にはない。それは取りも直さず、お前が彼の座席を奪っていることだと。これはぼくらにとってあまりに過大な要求です。「すべての人にひとしく生きる場所がある」ようになっていないのが現実で、そのことにぼくらは責任がないからです。
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