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矛盾について(その145) ブログトップ

12月21日(火) [矛盾について(その145)]

 宿業という思想があります。『歎異抄』に「卯毛羊毛のさきにいるちりばかりもつくるつみの、宿業にあらずといふことなし」とあり、このことばには抗いがたい真実を感じます。自分では何ともならない力に動かされて悪をなすという感覚。この感覚は煩悩の虫どものイメージと重なります。普段はこころの奥でじっとしている虫どもがあるとき突然動き出し、気がついてみると罪なことをしてしまっていたというイメージ。このイメージは非常に強いインパクトを持っていますから、それだけ危険も大きいと言わなければなりません。「宿業だから何ともならない」とされてしまう危険性があるのです。
 悪に手を出すのは煩悩の虫どもの仕業だとしても、だから悪に対して責任はないということにはなりません。煩悩の虫とは他ならぬぼくら自身なのですから。ぼくらとは別に煩悩の虫がいるわけではありません、ぼくらが煩悩の虫なのです。寄生虫なら虫下しを飲んですっきり退治することができますが、煩悩の虫どもはそういうわけにはいきません。煩悩の虫どもを退治してしまったら、ぼくら自身が退治されてしまうのです。
 宿業は悪に対する言い訳に使われてはいけませんが、では宿業の思想にはどんな意味があるのでしょうか。
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