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矛盾について(その199) ブログトップ

2月13日(日) [矛盾について(その199)]

 「こうしたい」という希望を持ちながら、思いもかけないことをしている自分に愛想が尽きます。それでもなお希望を持ち続けることができるのでしょうか。
 フランクルは印象的な話を持ち出します。1944年のクリスマスのことです。どういうわけか囚人たちの間に「クリスマスまでには家に帰れる」といううわさが広がったそうです。藁をもすがる思いの囚人たちですから、誰かが言い出した「クリスマスまでに」のひと言に飛びついてしまったのも分かるような気がします。しかしそれは根拠のないうわさに過ぎませんから、クリスマスが近づいても、そしてその当日が来ても収容所から解放される気配など全くありません。さてどうなったか。「クリスマスまでに」の希望にすがった人たちはバタバタと亡くなっていったそうです。その時期に死者が集中したのは、冬の寒さの所為でも、厳しい労働環境の所為でもありません。ただ希望の光が消えたという一点にかかっていたのです。
 「クリスマスまでに」という希望が消えてしまったとき、人々の生きる気力があっけなく崩れてしまった。この事実は希望がぼくらに与えてくれる力の大きさを示すと同時に、希望をもち続けることの難しさも示しています。「クリスマスまでに」の希望が叶えられなくても「次のクリスマスまでに」と新たな希望をもてばいいじゃないかと言うのは簡単ですが、実際に希望をつなぎ続けるのはどんなに難しいことでしょう。今年こそと思っていたのに、それがダメだと分かったときの落胆。「もう帰れる日なんか永遠に来ない」と絶望してしまうのを誰が咎められるでしょう。それでも希望をもち続ける―そんなことがどうしてできるのか。
 フランクルは大事なことを教えてくれます。
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