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矛盾について(その226) ブログトップ

3月14日(月) [矛盾について(その226)]

 昨日も家族や親戚を探し求める人たちの悲しみをたくさんもらいました。そしてその人たちを助けよう、支えようとしている人たちの姿にも涙が流れました。被災した人たちの悲しみや苦しみが少しでも軽くなるために、ぼくもできる範囲で手を差しのべたいと思いました。
 2日間中断しましたが、再開したいと思います。
 神秘的な経験についての厄介な議論はこんなふうに始まります。
「きみがその経験をしたことは信じるよ。でもその内容を信じることはできない。それはぼくの経験とはあまりにもかけ離れているからね」
「しかし一人ひとりの経験なんて高が知れてるよ。ぼくらは他の人が経験したことを取り入れて自分の小さい世界を膨らませているんじゃないか」
「確かにその通り。ぼくが経験できることなんて小さな範囲だ。だから他人の見聞からぼくの世界が成り立っていると言ってもいい。でも、それらはすべて“世界の内部”の経験だ。ところがきみの経験は“世界の外部”に関わるからね」
 さてしかし「あなた」も「外部」に関わるのではないでしょうか。
 もしある日どこかから光がさし不思議な声が聞こえたとしましょう、「おまえはそのままで救われている」と。これは「外部の経験」と言えるでしょう。その声は「外部から」直接やってきたのですから。でもある日ひとりの生徒が「先生、今日の授業おもしろかった」と言い、それがぼくには「そのまま生きていていい」と聞こえたとき、その声は紛れもなくその生徒から出ています。決して外部からやってきたわけではありません。そこには超自然的な要素は何もありません。でもぼくにはそこに「あなた」が立ち現われているのです。そして「あなた」から「そのままで救われている」と言ってもらったのです。
 (明日、明後日は都合で休ませてもらいます。)
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