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矛盾について(その249) ブログトップ

4月8日(金) [矛盾について(その249)]

 ふと「そのまま生きていていい」と聞こえるのは「仏」の声だとするのが宗教(仏教)の「物語」です。そこで「仏」という宗教のことばを科学のことばに翻訳できないかということでした。
もう一度「事象そのものへ」立ち返りましょう。
 「おはようございます」という見知らぬ方の声が「そのまま生きていていい」と聞こえたのですが、これをどうして「仏」の声とするかと言いますと、どう考えても外からやってきたとしか思えないのに、そこには「おはようございます」と声をかけてくださった方がいるだけです。でも、その方が「そのまま生きていていい」などと言うわけがないとしますと、それは見知らぬ方の口から出ているように思えても、その方が発信源ではなく、どこか別のところから来ていると考えざるを得ません。
 外から来ているはずなのに、それらしい発信源はどこにも見当たりません。そこで、目には見えないが、「そのまま生きていていい」というメッセージを発信してくれる存在として「仏」を考えざるを得なくなる。これではしかしまだ翻訳できたとは言えません。科学の「物語」においては、何らかのメッセージが発信されたとすれば、その源として「誰か」がいなければなりません。しかし「仏」はそのような「誰か」ではありませんから、科学の「物語」の中にいる人には、依然として不可解な存在のままです。真っ先に頭に浮かぶのは「仏はどこにいるのか?」という疑問です。

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