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矛盾について(その312) ブログトップ

6月11日(土) [矛盾について(その312)]

 あるとき思いがけず「あなた」から「そのまま生きていていい」というメッセージが贈られるとき、そこには相互性はありません。ただ一方的に「あなた」からメッセージが贈られるだけです。そのメッセージはぼくに大きな喜びを届けてくれますが、それにお返しをしようにも「あなた」を誰と特定することができません。匿名だからではありません、不特定だからです。匿名であっても、どなたかから贈られたのであれば、ぼくは何らかの形でお返しをしなければという思いに駆られます。でも「あなた」は、どなたと特定することができないのですから、ただただ受け取るしかありません。
 さて、「あなた」から贈られるのはメッセージです。
 若い人たちは頻繁にメールのやり取りをしています。彼らはもう携帯を片時も手放せないと言います。それはいつなんどき友達からメールが来るかも知れず、来ればすぐ返信しなければならないからです。少しでもそのままにしておくと、友情にひびが入るのではないかと怖れるのです。それは、そう思う本人もメールを送ったらなるべく早く返事がほしいからでしょう。こんなふうに携帯メールというかたちでメッセージの交換が行なわれています。これと「あなた」からメッセージが贈られるのとどこが違うのでしょうか。
 通りすがりの見知らぬ方から思いがけず送られてきたことばは「こんにちは」でした。それに対してぼくが「こんにちは」と応じるだけでしたら、メールの交換と何も変わりません。でも、その「こんにちは」が、ふと「そのまま生きていていい」と聞こえたとき、見知らぬ方は「あなた」となるのでした。では「こんにちは」と「そのまま生きていていい」とは何が違うのでしょうか。ことばである点では同じなのにどこが異なるのでしょう。それは、それらのことばを通して与えられるものが違うとしか考えられません。


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