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矛盾について(その363) ブログトップ

8月1日(月) [矛盾について(その363)]

 希望といえば、キング牧師の演説を思い出します。1960年代のアメリカで、黒人の権利を求める運動の先頭に立ったキングがワシントンの大集会で行なった演説です。
 “I have a dream that one day on the red hills of Georgia, the sons of former slaves and the sons of former slave owners will be able to sit down together at table of the brotherhood”(わたしには夢がある。それは、いつの日か、ジョージアの赤茶けた丘の上で、かつての奴隷の息子たちと、かつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟としてともにテーブルにつくことだ)。この演説の5年後にキング牧師は一人の白人の手で暗殺されますが、“I have a dream”という彼の声はぼくらの耳の底に留まり、“one day”ということばはぼくらを今も揺さぶります。
 しかしその一方で、『夜と霧』のエピソードは希望というものの脆さをぼくらに教えてくれます。希望は、それがかなえられる兆しが見えなくなりますと、ポキンと折れてしまうことがあるのです。「クリスマスまでに家に帰れる」という希望が、ある日突然絶望に取って代わられ、たちまち病魔に斃れていった囚人たち。問題は、目の前がどれほど暗くても、なお希望をつなぐことができるかどうかです。クリスマスまでには帰れないという現実が突きつけられても、また新たな希望(「来年のクリスマスまでには」)を見いだすことができるかどうか。キング牧師の暗殺は、彼の夢が途中で断ち切られたということですが、それでも彼の夢を受け継ぎ、リレーしていくことができるかどうか。
 それを可能にしてくれるのが「そのままで救われている」というメッセージです。たとえ目の前がどんなに絶望的であっても、「そのままですでに救われている」。

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