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矛盾について(その378) ブログトップ

8月16日(火) [矛盾について(その378)]

 「ありがとう」は「有り難い」、つまり滅多にないということです。何が有り難いのかと考えてみますと、わたしがあなたから親切をしていただくのが有り難いのです。しかし、わたしがあなたから親切をしていただくめぐり合わせは、裏返しますと、あなたがわたしに親切をするめぐり合わせであり、そのいずれもが有り難いことです。親切をしてもらう側が嬉しいだけではなく、親切をする側も嬉しい。これが「ありがとう」ということばのしみじみとした味わいです。
 思いがけない親切にめぐり合ったとき、嬉しくて「ありがとう」と言うのは当たり前ですが、「ありがとう」と言われた方がむしろそのことばに感動することがあります。「ありがとう」と言う側が嬉しいのは当然ですが、「ありがとう」と言われた側が感動するというのは不思議な気もします。しかし、親切をする人と、してもらう人とのめぐり合わせが有り難いのだとしますと、もうそこには親切してくださるあなたも、親切していただくわたしもありません。あなたとわたしのめぐり合わせそのものが嬉しいのです。
 「お互いさま」ということばがあります。
 福島の南相馬から新潟の小千谷に避難した人たちが「小千谷の皆さんはほんとうにいい人ばかりで助かっています」と感謝しているのを小千谷の人が聞いて、涙ぐみながら「お互いさまですよ」と答えていました。この「お互いさま」が、中越地震のとき親切をしてもらったから、そのお返しをするのは当たり前というだけの意味でしたら、それほど胸に沁みないと思います。そうではなくて、してもらったあなた方が嬉しいだけでなく、わたしたちがあなた方に何かをして差し上げることが嬉しいのです、お互いさまですよ、となってはじめてじわりとくるのです。

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