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矛盾について(その421) ブログトップ

9月28日(水) [矛盾について(その421)]

 「お互いさま」のもうひとつ深い意味とは、太郎にとって、次郎に親切をしてもらうのはまことにありがたいことだが、次郎としても、太郎に親切をさせてもらうのはまたありがたいことだ、という意味です。どちらにとってもありがたいということで「お互いさま」なのです。誰かに親切をして「ありがとう」と感謝されたとき、感謝された方が「ありがとう」のことばに深く感動することがあるのは、ひとに感謝されるようなことをさせてもらったことがありがたいからです。このように「お互いさま」にありがたいと思えるときは、「施す-施される」の関係にはありません。
 では、この「お互いさま」はどこから生まれてくるのでしょう。
 「ありがたい」の思いの底には「こんなわたしが」の気持ちがあります。こんなわたしがあなたから親切をしていただくなんて何とありがたいという気持ちです。前に言いましたように、「ありがとう」の底には「すみません」が潜んでいるのです。だから「ありがとう」と言うところを「すみません」と言ったりするのです。そして誰かから「ありがとう」と言われて深く感動するのも、「こんなわたしが」という気持ちがあるからです。こんなわたしがあなたから「ありがとう」と感謝されるなんて何とありがたいと。ここにも「すみません」が潜んでいます。
 「お互いさま」にありがたいのは、「お互いさま」に「こんなわたしが」と申しわけなく思っているからです。としますと、浄土の慈悲とは、「お互いさま」に「すみません」と頭を下げあい、「お互いさま」に「ありがとう」と頭を下げあうことのようです。「こんなわたしが」と互いに傷みあい、「こんなわたしが」と互いに喜びあう、これが浄土の慈悲ではないでしょうか。

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