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矛盾について(その466) ブログトップ

11月12日(土) [矛盾について(その466)]

 「あれは三十年前でしたか、鈴木大拙先生のお話を聞いたことを覚えておりますが『宗教というものはあらゆる文化の一番上にあるものである。で、あらゆる文学はこれの召し使いになるものである』といわれました。同じようにオットーという人が『最高に聖なるものというのは、真善美の最上なるものである』といっております。こういう考え方はたしかに宗教にはあるのです。けれど真宗はもう一つ、あらゆる文化の底にあるものであると思うのです。だからその底にあるものの願いは、芸術はよき芸術になりたい、哲学はよき哲学でありたいということです。」
 宗教と芸術、宗教と哲学、宗教と倫理、どちらが上かを競うのが普通でしょう。でも金子氏は宗教とは「あらゆる文化の底にあるもの」と言います。一番下だと言うのです。すべての文化の頂点にあって、いわば文化の精髄として輝くものではなく、逆に、すべての文化の底辺にあって、それらを支えているもの。縁の下の力持ちということばがありますが、縁の下にありますと目立たないから評価してもらえない。でも他の文化を一番底のところで支えるという一番大事な役割をしているものだと言うのです。宮沢賢治の「ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ」こそ、宗教の位置かもしれません。
 これは宗教を考えるときの大切な視点であるような気がします。
 イスラム世界では、宗教がすべての頂点に君臨しているのを感じます。生活のあらゆる要素の最高原理。天上の神はすべてをみそなわしておられるのですから、その教えに反するようなことは、学問であれ、芸術であれ、倫理であれ、政治であれ、経済であれ、その他生活の隅々にいたるまで許されません。トルコは政教分離の国で、イスラム教の影はそれほど感じないのですが、それでもここは紛れもなくイスラム圏だと思い知らされたことがあります。

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