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矛盾について(その542) ブログトップ

1月27日(金) [矛盾について(その542)]

 しかしどうしてそんな手の込んだことをしなければならないのでしょう。彼はリアルな世界では本音を出せず、きれいごとを語るしかありませんでした。母親との関係が大きかったようです。言いたいことを言えないように育てられてしまったのが、友人との関係や同僚との関係にまで影響してしまったような気がします。だから掲示板の中で本音が言える関係を作りたかった。ここまではよく理解できます。
 よく分からないのは、ならばどうして掲示板の中でも本当の自分(本心)をさらけ出すことなく、「ネタ」を書かねばならなかったのかということです。どうして「ベタ」の自分を出さないのか。それでは「単なる不満になってしまう」からと彼は言います。「ネタ」と「ベタ」、本音と本心。ここには考えなければならないことが潜んでいるような気がします。
 ぼく自身のことを考えてみましても、本音で語り合える関係といえる場合も、必ずしも本心をそのままさらけ出しているわけではないことに気づきます。本心をそのままぶつけ合える関係なんて、親子でも兄弟でも夫婦でも実際にはないのではないでしょうか。子どもは表裏のない本心を出すことが許されていますが、ある程度の年齢になりますと、文字通りの裸の関係はどこにもないことに気づきます。家族の中でもそれぞれの立場をわきまえなければならないことを学び知るようになるのです。親子が向かい合うとき、親は親の面(ペルソナ)をつけ、子は子の面をつけて対します。面をつけるのを忘れて向かい合いますと、途端に関係がギクシャクしてしまいます。

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