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矛盾について(その574) ブログトップ

2月28日(火) [矛盾について(その574)]

 宗教性の力とは「煩悩を抱きしめる」ことだと言いました。
 飛び出てきそうになる煩悩の虫をしっかと抱きしめて、腕の中で温めてやるゆとりがあるということです。
 そして「われもかれもおしなべて悪」と思えることで、怒りがゆるむと言いますか、いつの間にか消えてくれるということがあります。例えば、食べものの配給を待つとき、誰かが列を乱してわれ先に手に入れようとしますと、ムラムラと怒りが湧き起こります。殴ってやろうかという衝動に駆られるかもしれません。
 でも、自分だってわれ先に食べものを手に入れたいと思っていることでは何も変わらないじゃないかと思いますと、怒りが次第にゆるんできます。
 「われは善、かれは悪」とこだわりますと、怒りはますます燃え広がり、手がつけられなくなりますが、「われもかれもおしなべて悪」じゃないかとなりますと、怒りはおこっても、だんだん収まっていくと思うのです。
 もちろんみんなが「われもかれもおしなべて悪」という感覚をもっているなどということはないでしょう。でも、そんな感覚が一定の割合でありますと、それがおのずと伝播してゆくことで場全体を支配することがあるのではないでしょうか。
 そうして耐え難いような状況の中でも、驚くほど秩序が保たれるという結果になると思うのです。

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