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矛盾について(その594) ブログトップ

3月19日(月) [矛盾について(その594)]

 吉本隆明は、自分には信心はないとはっきり言います。その上で親鸞について語ろうとする。それはもちろん親鸞から学ぶことがあると思うからでしょうが、しかし信心がなくても、親鸞から何かを得ることができるのか。できるとして、それは一体何か。などいろいろな疑問が押し寄せてきます。
 それは吉本に対する疑問であると同時に、ぼく自身に向けられた問いでもあります。ぼくも普通の意味では浄土真宗の信者ではありません。おまえは弥陀の本願を信じているかと言われたら、ぼくの流儀で信じているが、それは浄土真宗の流儀とは違うかもしれないと答えなければなりません。そして、たとえ違っていても、これがぼくの親鸞ですと言うしかありません。
 さて、吉本が親鸞から学ぶと言うとき、いまぼくらが直面している問題を考えるに際して、親鸞の思想が手がかりを与えてくれるということです。これまで見てきたこともそうですが、もう一つ例を上げますと、吉本は、眼前の問題を考えるとき、緊急の課題と永遠の課題を分けることが必要だと言います。
 この発想を彼は親鸞の「往相と還相」から得たのです。「往相と還相」という浄土思想上の難題をどう考えたらいいのかを思案する中で、往相を緊急の課題、還相を永遠の課題と捉えることができるのではないかという着想を得たのでしょう。そう捉えることが、現代の問題を考える上でヒントになるのではないかということです。吉本らしく、驚くような発想です。

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