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矛盾について(その619) ブログトップ

4月13日(金) [矛盾について(その619)]

 「このまま生きていていい」という「安心(あんじん)」ばかりは自分で手に入れることができません。ここに岐路があります。
 それを自分で手に入れたと勘違いした人は、いまだ手に入れていない人を「教化」し「救済」しようという「やくざな」考えを懐くことでしょう。それがどうして「やくざな」考えかは言うまでもないでしょう。その人は「わがはからひ」で手に入れることができないものを、どう勘違いしたのか、自分でわがものとしたと思い込んでいるだけですから、それを他の人に授けることなどできるはずがありません。
 一方「如来よりたまはりたる信心」と思っている人はどうでしょう。
 それで人を「教化」したり「救済」しようなどという考えを持たないのはもちろんですが、では何もしないのでしょうか。目の前に「このまま生きていてもいいのだろうか」と苦悩する人がいても、何もして上げることができないということでしょうか。
 あの大震災から一年経つということで、テレビでもあのときのことを振り返ることが多くなりましたが、そんな番組のひとつで、仮設住宅に住む父親(60代でしょうか)とその娘(30代かな)の姿が映し出されていました。父親は津波で妻をなくし、娘は幼いわが子を失いました。テレビは二人だけで大晦日の紅白歌合戦をみている寂しそうな姿を映し出していました。

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