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『歎異抄』を読む(その17) ブログトップ

6月1日(金) [『歎異抄』を読む(その17)]

 「なむあみだぶ」はこちらから称えるより前に、向こうから聞こえてくるのだと言いました。では何と聞こえてくるのか。もちろん「なむあみだぶ」と聞こえるのですが、はるかな歴史の中で人から人へと伝えられてきた宝石のようなこのことばは、もとはと言えばインドのことばです。その音を漢字に写しとって「南無阿弥陀仏」となったのですが、もう現代人にはわけの分からない謎のことばになっています。
 それを現代人にもわかることばに翻訳すれば、「生かしめんかな」だと思うのです。どこからか「生かしめんかな」と聞こえてくる。これが「なむあみだぶ」だと思うのです。これまた有名な詩ですが、栗原貞子の「うましめんかな」という詩があります。

 こわれたビルディングの地下室の夜だった。
 原子爆弾の負傷者たちは
 ローソク1本ない暗い地下室を
 うずめて、いっぱいだった。
 生ぐさい血のにおい、死臭。
 汗くさい人いきれ、うめきごえ
 その中からふしぎな声が聞こえてきた。
 「赤ん坊が生まれる」というのだ。
 この地獄の底のような地下室で
 今、若い女が産気づいているのだ。
 マッチ1本ないくらがりで
 どうしたらいいのだろう
 人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
 と、「私が産婆です。私が生ませましょう」
 と言ったのは
 さっきまでうめいていた重傷者だ。
 かくてくらがりの地獄の底で
 新しい生命は生まれた。
 かくてあかつきを待たず産婆は
 血まみれのまま死んだ。
 うましめんかな
 うましめんかな
 おのが命捨つとも

 この「うましめんかな」を「生かしめんかな」に置き換えますと、それが「なむあみだぶ」だと思うのです。

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