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『歎異抄』を読む(その52) ブログトップ

7月6日(金) [『歎異抄』を読む(その52)]

 嫌な思い出があります。もうかれこれ50年も経つのに、いまだに忘れられない小学校時代の記憶です。
 クラスに貧しい女の子がいました。社会全体が貧しかったのですが、その子はとりわけ貧しい身なりをしていました。しかも眼に斜視という障害があることもあって、その子は女の子たちからも仲間はずれにされていました。ある日、その子に心ないことばをぶつけてしまったのです。
 雨の朝でした。下足箱のところでその子の運動靴に穴があいているのに気づき、「そんな靴履いても履かへんでも一緒やんか」と言ってしまったのです。何でそんなひどいことを言ってしまったか。周りにいる連中のウケ狙いです。みんなが「アハハ」と笑うのが見たかったのです。
 その時、傍に先生がいて、「弱いものいじめは許さんぞ」とビンタを張ってくれたら、ぼくは泣きながら「ごめん、許してや」と謝ったと思います。それができなかったばかりに、あれから50年も経って、その時の彼女の顔を思い出しては「堪忍してや」とつぶやかなければなりません。
 ぼくはいじめとは無縁の人間ですとは言えません。状況によって、ふといじめ心が兆すことはいくらでもあると感じます。ぼくの中に「いじめ虫」という虫が棲んでいるのです。この虫は普段は中で大人しくしているんですが、外の状況を見てゴソゴソと這い出てくるようです。何かいい匂いがするぞと顔を出すのです。

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