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『歎異抄』を読む(その91) ブログトップ

8月15日(水) [『歎異抄』を読む(その91)]

 少し前になりますが、岡崎で真宗大谷派が主催する社会問題学習会がありました。そのテーマが「死刑を考える」でした。
 ぼくはこういうテーマで社会問題と向かい合おうとしている真宗大谷派に敬意を表したいと思います。森達也という映画監督が書いた『死刑』という本を読んでいたものですから、その著者が講師として来るというので行ってきました。この本はお勧めです。いろいろな立場の人とのインタビューを通して自分の心の動きを誠実に追っていて、実に面白い。
 ところで地元選出の杉浦正健さんが法務大臣に任命された時、死刑執行命令に判をつかないと発言して周囲からメチャクチャ叩かれました。彼はすぐ発言を撤回しましたが、結果的に在任中は一度も執行されませんでした。ぼくは杉浦正健さんという政治家をよく知りません。どうして執行命令に判をつかないのだろうと彼のホームページを見ましたところ、真宗の信仰がそうさせていることを知りました。
 親鸞の思想からすると死刑の問題はどうなるのでしょうか。『歎異抄』から死刑の問題をどう読めばいいのでしょうか。
 やはり死刑に反対という結論になると思います。大谷派(東本願寺)は宗派としてその立場を鮮明にしています。そして死刑執行がある度に抗議の声明を出しています。本願寺派(西本願寺)についてはよく知りませんが、親鸞が言っていることを素直に聞けば、死刑には反対ということになると思います。先回読みました「一切の有情はみなもて世々生々の父母兄弟なり」ということば一つからでもそう言えます。

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