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『歎異抄』を読む(その149) ブログトップ

10月12日(金) [『歎異抄』を読む(その149)]

 網野善彦という歴史学者がいます。彼の本を読んで目から鱗が落ちる思いをしたことがあります。
 ぼくの頭には縄文から弥生へと時代は進んで、狩猟・採集の生活から稲作の生活へと進歩してきたという固定観念がありました。小学校からそう教えられてきたのです。こうして大陸から稲作が入ってくると、日本は稲作文化一色になったようなイメージがつくられました。「瑞穂の国」のイメージです。網野さんはこの「瑞穂の国」のイメージが日本の歴史を歪めていると言うのです。
 稲作文化が入ってきたのは間違いないが、決してそれまでの狩猟・漁労の文化が一掃されてしまった訳ではありません。かなりの割合で狩猟民、漁労民がいて、社会の中で大事な役割を担っていたに違いないのに、ぼくらの頭には「弥生以後の日本は農業社会」という意識がもうしっかり根を張っているのです。
 百姓というのは、もとはさまざまな職業を持つ民衆を指しましたが、いつの間にか農民の意味で使われるようになります。そうしますと、例えばアイヌ人のことはすっかりわれわれの意識から抜け落ちてしまいます。アイヌ人は明治までずっと狩猟・漁労に生きてきた人たちです。熊を狩り、鮭を取る文化の中で暮らしてきたのです。
 前に「ところの領家・地頭・名主」ということばを紹介しました。親鸞は手紙の中で、念仏を止めようと訴えを起こすのはこういった人たちだと言っていたのでした。富と権力を持つ支配者のことです。それと対をなすのが、「うみかわに、あみをひき、つりをして、世をわたるもの」であり、「野やまに、ししをかり、とりをとりて、いのちをつぐともがら」であり、そして「あきなひをもし、田畠をつくりてすぐるひと」です。

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