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11月14日(水) [『歎異抄』を読む(その182)]

 割り込みされるとどうしてむかっ腹が立つのでしょう。守るべきルールを守らずに、自分だけ先に行くからですね。ルールを守るということはじっと辛抱するということです。こちらは辛抱して待っているのに、相手は辛抱せずに甘い汁を吸うから腹が立つのです。
 でも、腹が立つということは、実を言うとこちらも割り込みをしたいからではないでしょうか。本当はさっと前へ行きたい。でも、それをすると大混乱になってしまうから、じっと我慢して順番を待っているのです。もし順番を待っている人に「他人より先に行きたい」という気持ちがなければ、割り込みされても腹が立つことはないだろうと思います。自分は後でもいいと思っていれば、どうぞ割り込んでくださいということになります。ということは、割り込まれて腹を立てている人は、割り込みをする人と「他人よりちょっとでも先に行きたい」と思っていることにおいて、何も変わらないということです。
 こんなことを思ったのは、少し前に佐渡旅行に行ったとき、直江津港のフェリー乗り場で長い行列ができていたのですが、その一番前の方に並んでいるお婆さんたちの顔つきを見たときでした。何だか意地悪そうに見えたのです。その顔たちは「わたしたちが先頭だからね。あんたたちはわたしたちの後だよ」と言っていました。人のいやらしさを見せ付けられた思いでした。
 割り込みに腹が立つのは、自分も同類だからです。割り込みをする人は「他人より先に」をそのまま露骨に出していますが、列を守っている人はそれが外に現れないように包み隠しているだけで、腹の中では同じように「他人より先に」と思っているのです。
 列を守る人は善い人です。割り込みをするのは悪い人です。それは勿論のことです。ぼくらは善い人を褒め、悪い人を非難します。でも、善い人も悪い人も所詮「他人より先に」と思っているのです。

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