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『歎異抄』を読む(その224) ブログトップ

12月26日(水) [『歎異抄』を読む(その224)]

 親鸞はこう述べていました、「しかればすでに僧にあらず俗にあらず、このゆへに禿の字をもて姓とす」と。ここに現実の社会に対する念仏者としての立場が表明されています。
 流罪記録にありますように、彼は越後に流される時、藤井善信という俗名を与えられますが、四年後に流罪が解けてからも元の僧に戻ることはありませんでした。もはや僧善信ではなく、禿を姓として愚禿親鸞と名乗ったのです。ここに彼の現実に対する姿勢を見ることができます。
 禿とは「はげ」(イヤなことばです)ではなく「かむろ(かぶろ)」のことで、僧侶のように剃髪するのではなく、俗人のように結髪するのでもありません。子どものように髪の先を切りそろえて「おかっぱ」のようにたらしておくことを言います。まさに「僧にあらず俗にあらず」です。
 しかし生き方としての「僧にあらず俗にあらず」とはどういうことでしょう。
 お上から一定の役割を期待され、その見返りに安定した社会的身分と経済的条件を与えられる場所から降りるということです。その役割とは俗人に精神的安寧を与えることに他なりません。火宅無常の世界に喘ぐ俗人に念仏往生という安寧を与える役割。一方に火宅無常の世界があり、他方に念仏のまことの世界があります。そして俗人は火宅無常の世界に住み、僧侶は念仏のまことの世界に住む。この二元論から降りるということです。
 彼は流罪を許された後もしばらく越後を離れませんでした。そしてさらに常陸に向かいました。どうして京に帰らなかったのか、どうして常陸に向かったのか、いろいろな事情が憶測されていますが、根本はこの「僧にあらず俗にあらず」の姿勢を貫こうとしたのだと思います。

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