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はじめての親鸞(その9) ブログトップ

1月5日(土) [はじめての親鸞(その9)]

 人はひとりでは生きていけないと言います。このことばの正しさは、ほんの少しでも身の回りを見ればすぐ納得できます。あれもこれもみんな人さまのお陰をこうむっています。でも、他の人のお陰をこうむることができるのも結局のところ自分の力です。自分に金の力、地位の力、あるいは信用の力、はたまた愛の力があるからこそ、他の人たちが喜んであるいは不承不承でも力を貸してくれるのです。
 人がひとりで生きていけないのは、互いに支えあって生きているからです。自分が他の人に支えられているのは間違いないことですが、他の人が自分を支えてくれるのは、自分もまた他の人を支えているからです。こちらが支えているから、支えてもらえるのです。もしこちらが他の人を支える努力を何もしなかったら、誰も支えてくれることはありません。「情けは人のためならず」ということばがあります。人に情けをかけておけば、いずれまた人から情けをかけてもらえるのだということで、与えるから与えられるのだと言っているのです。かくして、誰かに助けを求めるのは自力だという結論になります。
 さて問題は救いです。この世にいることに居心地が悪くなり、「このまま生きていていいのだろうか」と思う。何とかしなければどうかなってしまいそうです。釈迦が29歳のときに家を出たのはそんな思いからに違いありません。伝えによれば彼はカピラという国の王子で、妻子もあり何不自由のない暮らしをしていたことでしょう。しかしどんなにいい暮らしでも、この居心地の悪さは何ともなりません。彼は当時のバラモンの教えにしたがい修行の道に入り、断食という苦行によって居心地の悪さから解脱しようとしたのです。しかし結局、苦行という方法では解脱できないと悟り、菩提樹の下に静かに座って深い瞑想の中で解脱したとされています。

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