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はじめての親鸞(その29) ブログトップ

1月25日(金) [はじめての親鸞(その29)]

 ぼくの苦しみの原因は明らかです。まともに授業をさせてもらえないこと、これです。まあ黒板相手に授業していればいいのでしょうが、それはぼくのプライドが許しません。で、なんとか授業をしようとしますと、いたるところで諍いになります。
 「おしゃべりはやめなさい」、「うるせー」
 「自分の席につきなさい」、「勝手だろ」
といった具合です。こうした諍いがぼくを苦しめていることは間違いありません。
 あるとき会議でそのクラスのことが話題になり、さまざまな問題行動が俎上に上がる中で、ある先生がこう言われたのです。
 「わたしは普通に授業をやっていますが」
このひと言がぼくの胸をえぐりました。お分かりでしょうか。あのクラスでまともに授業をしている先生がいる!!以来、自分のおぞましい授業が他の先生に見られているのではないかという不安が苦しみを一挙に倍増させました。 
 天気のいい日はカーテンを閉めますから教室の中は隠されるのですが、雨降りで薄暗い日などカーテンを開け放ち、その上明かりをつけますから、教室内が本館から丸見えになってしまいます。ぼくはこの無惨な授業の様子がどこかから見られているのではないかと気が気でなかった。授業そのものの苦しみよりも、それを外から見られることの方が苦しかったのです。
 これは一体何を意味するのでしょう。

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