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2月28日(木) [はじめての親鸞(その63)]

 「あなた」を待つのは「これから先」のことですが、それに対して「あなた」が待っていてくれるのは「もうすでに」です。そこには「ひょっとしたら」はありません。「これから先」のことには疑いがつきものですが、「もうすでに」は疑いとは無縁です。「これから先」のことは、どうなるだろうと予測しなければなりませんが、「もうすでに」については、ふと気づくだけです。
 「予測する」と「気づく」、両者を見比べてみましょう。
 「予測する」は他動詞で、「気づく」は自動詞です。「~を予測する」と言いますが、「~を気づく」とは言わずに「~に気づく」と言います。でも「ぼくは気づいた」と言われたら、「何を?」ときくのが普通です。つまり「予測する」と同じように、「気づく」もそれだけで完結しているのではなく、気づく内容がないと落ち着きません。その点では「走る」や「咲く」などの典型的な自動詞とは異なります。
 ではどうして「~を気づく」とは言わないのでしょう。それは「気づく」にも内容が必要ですが、それをこちらからゲットするのではないからです。「予測する」は、こちらにその意志がなければなりません。予測してやろうとして予測するのです。それに対して「気づく」のは意志の作用ではありません。むしろ意志は「気づく」ことを邪魔するのではないでしょうか。気づいてやろうとしますと気づきは遠ざかります。「気づき」は「ふと(不図、つまり、図らずも)」起こるものです。
 「気づく」はこちらから何かをゲットするのではなく、向こうから何かがやってきてゲットされるのです。何かにゲットされてしまったと気づくのです。いや、何かにゲットされることが取りも直さず気づくということです。

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