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はじめての親鸞(その114) ブログトップ

4月20日(土) [はじめての親鸞(その114)]

 「これから」と「ただいま」の時間的対比を、空間的に表現するのが「たてさまに」と「よこさまに」です。
 ぼくらが何かをなそうと身構える時、目は前方を見据えています。よそ見をしていたり、ましてや後ろを振り返っていては何事もなしとげることはできません。これから先に予想されるさまざまな困難から目を背けることなく、一歩一歩前に向かって進んでいく。これが「たてさまに」です。
 一方「よこさまに」は、これまでじっと前を見つめていたのを、「ふと横を振り向くと」というイメージです。自分の立ち位置は何も変わりません、ただ視線が前から横へと向き変わるだけです。視線が前を向いている時、そこには「煩悩の海」が果てしなく広がっています。ところが、ふと横を振り向きますと、そこはもう「本願の海」ではありませんか。これが「よこさまに」ということです。
 「たてさまに」は「自分の足で」ということですから自力です。それに対して「よこさまに」は他力です。ふと気がついたらもう超えていたのですから。「たてさまに」は「これから超えていく」のですが、「よこさまに」は「もう超えていた」ことに気づくのです。だから「よこさまに」は「ただいま」です。「生死の大海をよこさまに超える」とは言っても、それはいのち終えて後のことだろうと思ったら大間違いです。それでは「よこさまに」ではありません。
 信が開けたその時「ただいま」、「よこさまに超える」のです。

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