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はじめての親鸞(その171) ブログトップ

6月17日(月) [はじめての親鸞(その171)]

 テレビで朝鮮半島と日本との歴史的交流を追う番組があり、面白く見させてもらいました。その中で倭寇のことが取り上げられ、ある歴史学者が、倭寇は日本人か朝鮮人かという問いはあまり意味がないと述べていました。あれは日本と朝鮮の境界に住んでいた人たち、従って日本人でも朝鮮人でもないいわば境界人たちの活動と捉えるべきだと。
 朝鮮半島と日本列島の間には対馬や済州島があり、古来そこに住む人たちは半島と列島の間を行き来してきたのです。彼らには日本人とか朝鮮人とかの意識はなく、海を舞台に生きる民として交流してきたのです。海の真ん中に国境線を引いて、日本だ朝鮮だと区別するようになったのは近代以降のことです。それまで彼らは日本人と朝鮮人のどちらでもありませんでしたが、裏返せば、どちらでもあったのです。
 同じように、青年は子どもと大人の境界にいて、まだ大人ではありませんが、もう子どもではありません。子どもでもあり大人でもあると言うこともできます。日本人の父とアメリカ人の母の間に生まれた子どもは、日本人ではありませんがアメリカ人でもありません。裏返せば日本人でもありアメリカ人でもある。
 突きつめますと、ぼくらはみな境界人です。父的な面と母的な面の双方を持っているのですから。あるいは昨日的な面と明日的な面の両方を持って今日という境界を生きているのです。
 二河白道に戻りますと、「来たれ、救おう」の声が聞こえて白道に一歩踏み出した人はもうすでに穢土から離れていますが、だからと言ってまだ浄土に至ったわけではありません。それを裏側から言いますと、まだ穢土ですが同時にすでに浄土にいるのです。それは矛盾だと言われても、その矛盾を現に生きているのです。それが「身は穢土にあっても心は浄土にある」ということです。

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