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はじめての『教行信証』(その18) ブログトップ

2013年8月15日(木) [はじめての『教行信証』(その18)]

 難度海を度する大船も、無明の闇を破する慧日も、いつかどこかで始まり、どこかで終わるようなものではないでしょう。生死の難度海があり、無明の闇がある限り、はかりしれない過去から、はかりしれない未来まで永劫に続くことでしょう。ところが、そのすぐあとに説かれるのはある歴史的事件です。時間の中のある時点に起こった出来事です。ですから時間を超えたことがらと時間内の出来事とが「しかればすなはち」でつながれているのです。
 とりあえず何が起こったのかを見ておきましょう。それは『観無量寿経』の冒頭に説かれています。引用の煩は避けますが、そのときの情景が目の前に浮かぶような描写で、これを書いた人はよほど筆のたつ人だと思われます。王舎城というのは当時のインドの大国マガダ国の都ですが、そこで皇太子の阿闍世(あじゃせ)が父王・頻婆娑羅(びんばしゃら)を殺害して王位を簒奪するという実際に起こった事件です。
 その事件を背景として、阿闍世の母・韋提希(いだいけ)が「ただ、願わくは、世尊よ、わがために広く憂悩なき処を説きたまえ」と救いを求め、釈迦がそれに応じて浄土の教えを説くという設定になっています。それを親鸞は「浄土の教えが現われる縁が熟し」と述べ、「浄土往生の行を受ける機が現われて」と表現しているのです。つまり、阿闍世や頻婆娑羅や韋提希などは本願他力の教えがこの世に現われるための権化(仮のすがた)であるというとらえです。そうした権化とともに、釈迦がいよいよ本願他力を明らかにするというのです。

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