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はじめての『教行信証』(その90) ブログトップ

2013年10月26日(土) [はじめての『教行信証』(その90)]

 「横超」ということばは善導の『観経疏』に「ともに金剛のこころざしをおこして、横に四流(煩悩)を超断せよ」とあります。「よこさまに煩悩の流れを超える」ということ。「たてさまに超える」に対して「よこさまに超える」。そして「煩悩の流れを出る」に対して「煩悩の流れを超える」。
 まず「出」と「超」の対から見ますと、「出る」には今いるところから一歩一歩進んでいかなければなりません。それに対して「超える」は、今いるところを飛び超えて、一挙に別の場所に移るということです。ということで、「出」は漸(徐々に)に、そして「超」は頓(すぐに)に相当します。
 そして「竪」と「横」。
 竪は「たて」、「たつ」、横は「よこ」、「よこたわる」です。何となく竪は「まっとう」だが、横には「うさんくさい」イメージがあります。大体、横は「よこしま」とも読みますし、横のつく熟語にはろくなものがありません。横柄、横着、横暴、横領、横槍、横死などなど。
 どうやら、すっくと「たつ」のが正しい姿で、「よこたわる」のは見苦しい姿のようです。考えてみますと、われら人間は二歩足で立つことにより、横に向いていた身体を起して竪にしたわけです。これまでは大地に寄りそうように生きていたのに、立ち上がることで高みを目指した。かくてわれらは地球上の王者になりえたのです。
 さて、「たてさまに煩悩の流れを越える」といわれますと、真っ暗な生死の海をはるか彼方に見える灯台を目指して必死に泳ぐ姿が眼に浮かびますが、一方「よこさまに越える」となりますと、どんなイメージになるでしょうか。

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