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2013年12月27日(金) [はじめての『教行信証』(その152)]

 ともあれ「化身土巻」の冒頭部分を読んでみましょう。
 まず、仮の本願としまして二つの願が上げられます。一つは「至心発願の願」(第十九願)、もう一つは「至心回向の願」(第二十願)です。そして、まず第十九願に対応して仮の仏と仮の浄土が明らかにされます。仮の仏というのは、『観経』に説かれている仏の姿(真身観と呼ばれます)であり、仮の浄土といいますのは、同じく『観経』に説かれる浄土の姿であり、またいろいろな経典で説かれている懈慢界(けまんがい)や疑城胎宮(ぎじょうたいぐう)のことだと言われます。
 「つつしんで仮の仏と仮の浄土を明らかにしますと、まず仮の仏と言いますのは『観無量寿経』に説かれる真身観の仏で、仮の浄土と言いますのは、同じく『観経』に説かれる浄土のことです。また『菩薩処胎経』などに説かれている懈慢界がそれです。また『無量寿経』に説かれる疑城胎宮のことです。」
 こう述べた後、すぐこんなふうに続きます。
 「さて、この乱れた世の中で道に迷い煩悩にまみれた衆生は、ようやく世のさまざまな邪説から逃れて仏教のさまざまな法門に入ったとしましても、真実の教えははなはだ難しく、また稀にしか出会えません。そして偽りの教えがあまりにも多く、もてはやされています。そこで釈迦如来は功徳を積んで往生するという分かりやすい教えを説いて衆生を導いてくださり、また弥陀如来は誓いを用意して、真実の教えに到達するための方便としてくださったのです。それが第十九願で、修諸功徳の願といいます。また臨終現前の願、現前導生の願、来迎引接の願、あるいは至心発願の願と名づけるべきでしょう。」

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