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2014年1月21日(火) [はじめての『教行信証』(その177)]

(3)外教邪偽 
 いよいよ終りに近づきましたが、親鸞は末法思想について論じたあと、外教邪偽(仏教以外の教え)に対する誡めの経文を引いています。例えば「みづから仏に帰命し、法に帰命し、比丘僧に帰命せよ。余道につかふることをえざれ。天を拝することをえざれ。鬼神をまつることをえざれ。吉良日をみることをえざれ」。仏法僧にだけ仕え、他の神々に仕えてはいけない、また吉凶の占いなどに惑わされてはいけないとあります。
 さて、ぼくはと言いますと、カレンダーに大安とか仏滅とあるのを見て、馬鹿馬鹿しいと思いながら、どこかで気にしているところがあります。あるいは初詣で神社に行っては、いい年でありますように願ったりと、我ながらいいかげんなものです。これは先の「天を拝することをえざれ。鬼神をまつることをえざれ。吉良日をみることをえざれ」に反しますから、そういうことをしてはいけないと親鸞は言うでしょうか。
 必ずしもそうではないように思います。
 親鸞が関東の念仏者に書き送っている手紙を見ますと、土地に根付いている神々への信仰を決して軽んじることのないようにしばしば注意しています。ひとつだけ例を上げますと、こうあります、「仏法をふかく信ずるひとをば、天地におはしますよろづの神は、かげのかたちにそへるがごとくして、まもらせたまふことにてさふらへば、念仏を信じたる身にて、天地のかみをすてまふさんとおもふこと、ゆめゆめなきことなり」。天の神(天神)、地の神(地祇)は仏法者を守ってくださるのだから疎かにしてはいけませんというのです。これはたんに建前で言っているのではないでしょう。

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