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「あるべき」と「あるがまま」 [生きる意味(その24)]

(21)「あるべき」と「あるがまま」
 ぼくはカラオケはあまり好きじゃないのですが、たまに付き合いで行くような時、数少ないレパートリーのひとつとしてフランク・永井の「おまえに」を歌うことがあります。古い歌です。でもその中の「傍にいてくれるだけでいい、黙っていてもいいんだよ」の一節が気に入っているのです。ぼくらには「傍にいてくれるだけ」の人がどうしても必要ではないでしょうか。
 「傍に寄り添う」ということは、人の「する」ことは否定しても、その「いる」ことをそのまま肯定することです。
 教員時代にある同僚と交わした論争を思い出します。ぼくらが勤める高校は一時期かなりひどい「荒れ」に見舞われたのですが、それに対してみんなが文字通り一丸となって立ち向かい、幸いなことに数年後には落ち着きを取り戻すことができました。
 落ち着きを取り戻した後に、一人の同僚がその頃のことを総括した文章を書いてぼくに見せてくれました。彼は健筆家であると同時に一家言を持つ人で、これまでも往復書簡という形で論争を交わしたことがあるのですが、その文章にも彼一流の考え方が溢れていました。
 どうして学校崩壊のような現象が起こるのか、彼はこんなふうに論をおこします。学校崩壊の原因を一概に言うのは難しいが、「“個性尊重”とか“自ら考え自ら学ぶ”とか“ゆとり”とかいうような教育方針」が力を貸してきたのではないか、と。

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