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アンガージュマン [生きる意味(その39)]

(10)アンガージュマン
 ぼくらは「何のために生きるか」という問いを、それぞれの具体的な問いとして問います。それとも、そんな具体的、個別的な状況を離れて、「人というものは一体全体何のために生きているのだろう」という問いがあるでしょうか。そんな問いは、もしあるとしても伸びきったパンツのゴムみたいな問いで、みんなに当てはまる答えとされるものは何の役にも立たないでしょう。
 「何のために生きるか」はそれぞれの人がそれぞれの状況で発する個別的な問いだとしますと、それぞれの人がそれぞれの状況でゼロから答えを出すしかありません。
 どんな状況にも適用できるような公式がないということです。ロケットの弾道計算なら、どんなに特殊な状況でも、必要な初期条件をニュートン方程式に代入すればたちどころに答えを求めることができます。しかし「何のために生きるか」にはそのような便利な公式がありませんから、その都度ゼロから答えを出すしかないのです。
 ただ注意しなければいけないのは、それぞれの人が個別に答えを出すとしても、その答えはその人だけに閉じられているのではなく、みんなに向かって開かれているということです。
 「自由フランス軍か母親か」の問いに、その青年が「自由フランス軍に入ってたたかう」という答えを出した時、彼は自分の「生きる目的」を選択しただけではなく、他の人たちにもそれを称揚しているということです。「ぼくの生きる目的はこれだ」と言うことは、「きみもこの目的をもちたまえ」と言うことになるということです。
 サルトルはこれを「アンガージュマン」といいます。

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