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アンガージュマン(つづき) [生きる意味(その40)]

(11)アンガージュマン(つづき)
 アンガージュマンというフランス語ですが、婚約指輪のことを英語エンゲージリングと言いますね、あのエンゲージのことで、「縛る」という意味です。答えを出すということは、自分を縛るだけでなく、すべての人を縛るのだということです。
 岐路にさしかかって「ぼくは右の道を取るよ」と言うことは、言外に「みんなも右を取りたまえ」と言っているのです。だからこそ、左を取ろうかなと思っている人は「どうして右なの?」と言いたくなるのです。もし「ぼくは右を取る」が「ぼくは右を取るが、みんながどうするかはぼくの知ったことじゃない」ということなら、誰も「どうして?」とは聞かないでしょう。それぞれが勝手に行けばいいのですから。
 誰かが「どうして?」と聞くということは、「ぼくは右を取るよ」の中に「みんなも右を取りたまえ」を含んでいるのです。自分の「生きる目的」を選択することは、同時にすべての人の「生きる意味」を選択することだというのはそういうことです。
 決して自分の選択を他人に強要しているのではありません。どの道を取るかはそれぞれの人が答えを出すことです。でも、「ぼくはぼく、きみはきみ」ではありません。だからこそ話し合いになるのです。
 あの青年が「自由フランス軍に入る」という選択をすれば、誰かが「お母さんはどうするんだ?」と言うかもしれません。「ぼくは右を取るよ」に対して「どうして右なんだ?」と聞いているのです。それに対して「そんなことはきみには関係ない」と議論を拒否することはないでしょう。

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