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プライバシー [生きる意味(その53)]

(24)プライバシー
 ぼくらにはプライベートな聖域を守ろうとするところがあるようです。「ぼくはぼく、きみはきみ。ぼくの領域に入り込むなよ」と思う。プライバシーの権利です。
 こんなことを想像してみましょう。ぼくのいない間に誰かがぼくの部屋に入り込んで、そこに置いてあるものをすべてチェックしていったことが分かったとします。ぼくは猛烈に不快になるに違いありません。さらにはぼく宛の手紙やEメールなどもチェックされていたら、不快を通り越して不安になることでしょう。
 空巣に入られた人は例外なく言います、何かが盗まれたことよりも、誰か分からない人が部屋に入り込んで、机の中やタンスの中を引っ掻き回したこと自体が何とも言えず気持ち悪いと。自宅や自室に入られることは、自分の中に入られることなのです。
 自宅や自室でさえこうですから、意識という最もプライベートと思われる領域に無断で侵入されると、人間としての尊厳が犯されたと感じるのです。
 ひとり悲しみに沈んでいる時に、「きみが悲しいのはよく分かるけど、それに負けているようじゃダメだよ」などと言われると、自分の心の中に土足で踏み込まれたような感じがして、「この悲しみが分かってたまるか」と反発したくなります。この感覚が「ぼくの悲しみ」の根っ子にあるようです。
 ぼくの秘められた心の中に「ぼくの悲しみ」が住んでいて、それは誰にも分かりっこないと思うのは、「ぼくの心」を他人から隠さなければならないという至上命令があるからのようです。

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