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秘められた恋 [生きる意味(その55)]

(26)秘められた恋
 どうして心を囲い込むのか。「秘められた恋」を例に考えてみましょう。
 ある人が愛しくて仕方がないのに、それをひた隠しにして素振りにも出さない。愛しい気持ちは自然に外に現れるものです。心は体に滲み出てきます。やはり心はもともと「清き明きこころ」なんです。だからこそ、それを隠そうとすると必死にならなければなりません。
 どうして愛しい気持ちを隠そうとするのか。言うまでもありません、それが相手に分かってすげなく振られるのが怖いからです。愛しい気持ちを打ち明けて、振られてしまったらどうしようと思うからです。
 心はもともと開けっぴろげ。ところが「それじゃ困る」と規制がかかります。イエスの言う「心のうちの姦淫」がみんなに筒抜けだったら、これは確かに困る。そこから「隠せ」という至上命令が下るのです。
 「きみの悲しみ、よく分かるよ」と言われて、「分かってたまるか」と思うのは、もともと分からないようになっているのではなく、分かってはならない、分からないように隠さなければならないからなのです。
 もともと「ぼくの悲しみ」も「きみの悲しみ」もないのですが、「悲しみ」を隠さなければならない事情に迫られ、その結果「ぼくの悲しみ」や「きみの悲しみ」が登場してくるようです。

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