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「縁起を生きる」ということば [生きる意味(その112)]

(16)「縁起を生きる」ということば
 少し前におもしろく読ませてもらったのが上田紀行さんの『がんばれ仏教!』(NHKブックス)です。おもしろかったところはたくさんありますが、何と言っても一番印象に残ったのは「縁起を生きる」ということばです。
 「現在の仏教の最大の問題は、“縁起を生きていない”ことだと私は思う。仏教者であるかぎり、縁起の教えを知らないということはあり得ない。しかし、“縁起を説く”ことと“縁起を生きる”こととは違う。そして、多くの僧侶たちにとっては、“縁起”とは説くものであって、“生きる”ものとは考えられていないように私には思えてならないのだ。」
 彼が「縁起を生きる」ということばで何を言おうとしているのかは明らかでしょう。お坊さんは、縁起とは「すべてのものはつながりあっていて、それだけで存在するものは何一つない」ということだと「知って」いて、人々にそれを説くのですが、でもそれを「生きて」いない。「縁起」と「縁がない」生き方をしているのです。こんなひどい矛盾があるでしょうか。
 しかし、「真理を生きる」とはどういうことでしょう。万有引力の法則を生きるとは言いません。それは理解するものであり、人に教えるものであり、利用するものであり、その他さまざまなものでしょうが、生きるものではありません。
 それに対して、例えば愛は生きるものです。それは所有するものではなく、生きるものです。

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