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故郷を忘れて [生きる意味(その140)]

(14)故郷を忘れて

 しかし、それは卵が割れて「われ」と「なんじ」が一卵性双生児として生まれてからの話で、もともとは「われ」も「なんじ」もなく、ひとつの卵の中で眠っていたことを忘れてはいけません。
 「自分」が生まれ「他人」が生まれるということは、意識が生まれるということに他なりません。何かを意識するということは、意識している「自分」を意識することです。そして「自分」を意識することは同時に「他人」を意識することです。
 「自分」の意識が生まれ、同時に「他人」の意識が生まれた時、それまでのことをすっかり忘れて、はじめから「自分」と「他人」がいたように思ってしまう。故郷を忘却してしまうのです。もともと「自分」も「他人」もなく、ひとつの卵の中で眠っていた故郷を。
 しかし故郷が消えてしまう訳ではありません。ただ忘れられてしまうだけです。ぼくが故郷を後にして「意識の旅」に出ると、故郷のことなんかすっかり忘れてしまうのですが、故郷は「無意識」の中にしっかり存在し続けています。
 前に使った比喩で言いますと、「ぼくという湖」ができてからは、それ以前のことはすっかり忘れてしまって、はじめから「ぼくという湖」がそれだけで存在していたかのように思ってしまいます。
 しかし「ぼくという湖」の中を深く潜っていけば、湖底で「きみという湖」とつながっているのです。


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