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明法房のこと [『末燈鈔』を読む(その145)]

(2)明法房のこと

 この手紙、日付けも宛先もありません。内容から、第18通の宛先である随信房と同じ常陸国・奥郡(茨城県北部)の念仏者に出されたもののようです。そして奥郡の在である明法房(みょうほうぼう)の往生のことから筆を起し、当時はびこっていたらしい造悪無碍の考え方を厳しく咎める内容となっています。冒頭の「御ふみ、たびたびまいらせさふらひき。御覧ぜずやさふらひけん」から、ただならぬ気配がただよいます。
 さてこの明法房というのは、覚如(親鸞の曾孫)が著した親鸞の伝記『伝絵』(下巻第三段)に登場する人物で、覚如はこの人物のことを印象深く伝えてくれます。それによりますと、この人物はもと「山臥(伏)」だと言いますから、山岳修験者だったと思われます。筑波山の辺りは山岳修験道の行場となっていたようで、そこは親鸞が草庵をおいていた稲田からさほど遠くないところです。その辺りに念仏の教えが広められていくのをこころよく思わない修験者がいたのです。
 この男は親鸞に「害心をさしはさみて」(危害を加えてやろうと)、親鸞がしばしば行き来する板敷山で「よりよりうかがいたてまつる」(そのチャンスを狙っていた)のですが、「度々あひまつといへども」(何度待ち伏せしても)、「さらにその節をとげず」(思うようにことが運ばないので)、「すこぶる奇特のおもひあり」(とても不思議に思った)というのです。
 そこでこの男、「聖人に謁せんとおもふ」(親鸞聖人に会いに行こう)こころが起こり、草庵を訪ねて親鸞に会うのですが、「尊顔にむかひたてまつるに、害心たちまちに消滅して、あまつさへ後悔の涙禁じがた」くなったといいます。あまりに劇的で、脚色が入っているような感じもしますが、ともかくこの男は親鸞の教えを喜ぶようになり、直弟子の一人として親鸞から明法房の名を与えられます。


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