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往生の本意とげて [『末燈鈔』を読む(その146)]

(3)往生の本意とげて

 親鸞は、その明法房が「往生の本意をとげておはしましさふらふ」ことを、同じ奥郡から上京した明教房の口から「まのあたり」に聞いたようです(手紙の後半から分かります)。そしてそのことを「常陸国うちの、これにこゝろざしおはしますひとびとの御ために、めでたきこと」と喜んでいます。まずはこの「往生の本意をとげる」ということについて思いを巡らしたいと思います。
 「みごとな往生だった」とか「大往生をとげられた」という言い方はいまでもしますが、それは「天寿を全うして、穏やかに亡くなられた」といった意味でしょう。しかし鎌倉や、それ以前の平安の時代には「往生の本意をとげる」ことにもっと深刻で生々しい意味合いが込められていました。実際に浄土に往生できるかどうかは臨終のありようにかかっていると思われていたからです。
 たとえば源信『往生要集』はまさに「往生の本意をとげる」にはどうすればいいかを説いた書物で、これが刊行されますと、それを実践すべく二十五三昧会という25人の念仏結社がつくられていますが、その規約には誰かが病気になったら、他のみんなで臨終のときまで面倒をみて念仏を勧めることなどが定められています。そして驚くのは、亡くなって浄土に往生できたら、そのことを夢枕に立つなどして仲間に知らせるという取り決めがあったことです。
 前の第18通で「臨終を期し、来迎を待つ」のは自力の念仏であることが述べられていましたが、臨終のありようを重んじるのは浄土教の伝統の中にしっかり定着していたことを忘れるわけにはいきません。親鸞が「往生の本意をとげる」と言うとき、そういう伝統を踏まえつつも、そこにこれまでとは違う意味合いを込めていたと考える必要があります。では、どういう意味合いなのか。


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