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『末燈鈔』を読む(その153) ブログトップ

第19通第3段 [『末燈鈔』を読む(その153)]

(10)第19通第3段

 よくよくこのよしをひとびとにきかせまいらせさせたまふべくさふらふ。かやうにまふすべくもさふらはねども、なにとなくこの辺のことを御こゝろにかけあはせたまふひとびとにておはしましあひてさふらへば、かくもまふしさふらふなり。この世の念仏の義はやうやうにかはりあふてさふらふめれば、とかくまふすにおよばずさふらへども、故聖人の御をしへをよくよくうけたまはりておはしますひとびとは、いまももとのやうにかはらせたまふことさふらはず。世かくれなきことなればきかせたまひあふてさふらふらん。浄土宗の義みなかはりておはしましあふてさふらふひとびとも、聖人の御弟子にてさふらへども、やうやうに義をもいひかへなどして、身もまどひ、人をもまどはかしあふてさふらふめり。京にもおほくまどひあふてさふらふめり。ゐなかはさこそ候らめと、こゝろにくゝもさふらはず。なにごともまふしつくしがたくさふらふ、またまたまふしさふらふべし。
 この明教房ののぼらせてさふらふこと、まことにありがたきことゝおぼえさふらふ。明法御房の御往生のことをまのあたりきゝさふらふもうれしくさふらふ。ひとびとの御こゝをざしもありがたくおぼえさふらふ。かたがたこのひとびとののぼり、不思議のことにさふらふ。このふみをたれだれにもおなじこゝろによみきかせたまふべくさふらふ。このふみは奥郡におはします同朋の御なかに、みなおなじく御覧さふらふべし。あなかしこあなかしこ。

 (現代語訳)このことをよくよく人々にお伝えいただきたいと思います。このようなことは言わなくてもいいのかもしれませんが、何となくこのあたりのことが気にかかっておられることと思い、申し述べました。この頃の念仏の教えは様々に変化しておりますから、とかく申し上げるにも及びませんが、法然上人の教えをよくよくお聞きになった方々は、今も前と同じように変わることはありません。世に隠れもないことですので、ご承知のことと思いますが、浄土宗の教えをみんな変えてしまっておいでの方々も、法然上人のお弟子ではありますけれども、様々に教えを言い換えてしまい、自分も惑い、人も惑わしておいでになります。情けないことです。京にも沢山惑いあっておられます。まして田舎ではと、さほど驚くほどのことと思っておりません。何事も言い尽くせません。また機会を見て申しましょう。
 明教房が上京されたことは本当に有難いことです。明法房が往生されたことを目の当たりに聞かせていただけたこともうれしく思いました。また皆さんのお志も有難いことです。いずれにしましても、この人たちが上京されたのは、思いがけないことでした。この手紙を皆さんに同じように読み聞かせてあげてください。この手紙は奥郡におられる同朋の皆さんが同じように御覧になってください。謹言。


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