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なげきおぼしめすべからずさふらふ [『末燈鈔』を読む(その227)]

(2)なげきおぼしめすべからずさふらふ

 この手紙は正月9日とあるだけですが、前に検討しましたように(15章-2)、建長8年の正月9日であることは明らかです。そして宛先の真浄房は、第10通(建長7年9月2日付け)の追伸の中にその名が出てきました。「入信坊・真浄坊・法信坊にも、このふみをよみきかせたまふべし。かへすがへす不便のことにさふらふ」とありまして、慈信房が信願房とともにあしざまに言ってきたらしいこの三人のことを親鸞は「困ったことだ」と嘆息していました。
 それから4ヶ月後のこの手紙ではそれが一変しています。一つ前の手紙、第11通(建長7年11月9日付け)でも、わが子に対する疑惑がかなり大きくなっていましたが、それでも追伸では「真仏坊・性信坊・入信坊、このひとびとのことうけたまはりさふらふ。かへすがへすなげきおぼえさふらへども、ちからおよばずさふらふ」と、依然として慈信房が言っていることを信じているようです。それがこの手紙では完全に吹っ切れて、わが子こそ獅子身中の虫であると確信しています。
 この手紙で言われていることは、次の三つにまとめることができます。
 第一に、念仏をとどめることはよくあることで、とどめる人(「ところの領家・地頭・名主」)はどんなふうになるか分かったものではありませんが、とどめられる念仏者は「なにかくるしくさふらふべき」で、嘆き悲しむことはないということです。これはこれまでの手紙でも繰り返し言われてきたことです。
 第二に「そのところの縁つきておはしましさふらはゞ、いづれのところにてもうつらせたまひさふらふて」と言われます。その土地で念仏がとどめられるということは、「そのところの縁」が尽きたということだから、どこなりと移りなさいというのです。驚くべきことばです。
 そして第三は「餘のひとびとを縁として、念仏をひろめんとはからひあはせたまふこと、ゆめゆめあるべからずさふらふ」ということ。


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