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今は父子のぎはあるべからずさふらう [『末燈鈔』を読む(その275)]

(2)今は父子のぎはあるべからずさふろう

 ここに書かれていることは、すでに性信房宛の義絶通告状(『血脈文集』第2通)に出てきたことで目新しさはありませんが、やはり「今は父子のぎはあるべからずさふらう」の一文がズシリと重く伝わってきます。こう書きながら、いったい何がどう間違ってこんなことになってしまったのかと84歳の親鸞は深く後悔していたのではないでしょうか。義絶せざるをえなくなった慈信房、流刑の地・越後で生まれ、両親とともに常陸に移ってそこで大きくなったとしますと、その頃40代半ばのはずです。
 父の名代として再び東国にやってきたのはいいが、その地での親鸞の存在の重さを改めて痛感したのではないでしょうか。その息子として振る舞わなければならないという重圧から、つい「そらごと」を言うことになり、どんどん深みにはまっていったのではないかと思われます。親鸞の息子として、人から侮られたくない、「さすがだ」と評価されたいという思いがどんどん膨らみ、自分でもびっくりするような虚像を作り上げる羽目に陥ったのではないでしょうか。
 ここで考えたいのは「名利」ということについてです。
 『教行信証』の中に印象的な述懐があります。「信巻」において、本願を信じる喜びを説き至り、説き尽くさんとするその時に、突如こんなふうに言うのです、「まことにしんぬ。かなしきかな愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利の大山に迷惑して、定聚のかずにいることをよろこばず、真証の証にちかづくことをたのしまず。はづべしいたむべし」と。はじめのうちはこの唐突さに戸惑いますが、次第に「これぞ親鸞!」という思いが胸に広がっていくのを感じます。
 その誠実さに胸を打たれるのです。誠実さとは己に嘘をつけないということです。つかないのではありません、つけないのです。本願に遇うことができた喜びの絶頂にあるとき、そのすぐ足元に「愛欲」、「名利」が渦巻いていることを言わざるをえないのです。それを見て見ぬ振りをすることができない。


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