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『正信偈』を読む(その1) ブログトップ

はじめに [『正信偈』を読む(その1)]

            第1章 南無阿弥陀仏

(1)はじめに

       帰命無量寿如来 無量寿如来に帰命し
       南無不可思議光 不可思議光に南無したてまつる

 (現代語訳)「かぎりなきいのちの如来に帰命し、不可思議な光の如来を敬したてまつります。」

 これから「正信偈(しょうしんげ)」を読んでまいりたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。
 「正信偈」がどういうものかについては、もうよくご存知だと思います。浄土真宗の門徒の方はこれを「和讃」(そして「御文、おふみ」)とともに朝夕のお勤めで口ずさんでおいででしょう。蓮如がそのような形を整え、以来それが門徒の朝夕の勤行として受け伝えられてきているのですから。
 ぼくはと言いますと、そのような習慣はありません。そもそもぼくは宗派の内部にいる人間ではありません。ただ親鸞という人の思想に興味を持ち、彼が残してくれたことばを生きる糧にしているだけです。
 ですから「正信偈」についても、『教行信証』行巻の末尾につけられた偈文として読んできただけです。なるほどここには親鸞の教えのエッセンスがきれいに整理された姿で説かれていますから、蓮如がこれに目をつけたのはさすがと言わなければなりません。しかし、ぼくはこれを普通に読むだけで、独特の節回しで称えることはしませんし、やれと言われてもできません。
 そんなぼくが、日々親しんでおられる皆さんにお話をするというのは、何だか変な感じもしますが、そんな人間が「正信偈」をどんなふうに味わっているかをお話しするのも何か意味があるのではないかと思っています。


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