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架空のお話 [『正信偈』を読む(その11)]

(2)架空のお話

 親鸞は『教行信証』の「教巻」でこう言います、「それ真実の教をあらはさば、すなはち大無量寿経これなり」と。浄土についての真実の教えは『無量寿経』に説かれているというのです。そして『無量寿経』はこの法蔵菩薩の物語を説いているのですから、すべてはこの物語にかかっています。言うまでもありませんが、法蔵菩薩も世自在王仏も実在の人物ではなく架空の話です。浄土の教えがそのような「物語」に依拠するというのは、かなり特異なことと言わなければなりません。
 『無量寿経』を他の大乗経典と比べてみましょう。
 大乗経典の中で一番よく知られているのは『般若心経』でしょうか。これは釈迦が弟子の舎利子(シャーリプトラ)に「空」の理論を語っています。「色即是空 空即是色」と大乗の教えの究極を真正面から説いているのです。また『法華経』というこれまたよく知られた経典はといいますと、これも舎利子をはじめとする弟子たちに釈迦が悟りの内容を説いているのですが、その悟りというのがあまりに微妙で理解するのが困難なため、さまざまな譬えを駆使しているところに特徴があります。ただ、譬えを説くとき、あくまでこれは譬えであることを明記しています。
 このように大乗経典は、何とも大げさな舞台設定になっているとか、譬えが頻繁に使われるとしても、基本は釈迦が自分の悟った真理を弟子たちに説くというスタイルをとっています。それは経典として当然のことで、大乗経典より前の初期の仏典をみますと、それがもっとすっきりとしていて、余分な夾雑物はありません。そこでは釈迦は一人の人間として登場し、弟子たちと生活を共にしながら、折にふれて教えを語るという自然なスタイルをとっており、親しみやすく読みやすい。


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