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十二の光 [『正信偈』を読む(その21)]

            第3章 一切の群生、光照を蒙る

(1)十二の光

  普放無量無辺光(ふほうむりょうむへんこう)   普く、無量・無辺光・
  無碍無対光炎王(むげむたいこうえんのう)    無碍・無対・光炎王・
  清浄歓喜智慧光(しょうじょうかんきちえこう)  清浄・歓喜・智慧光・
  不断難思無称光(ふだんなんじむしょうこう)   不断・難思・無称光・
  超日月光照塵刹(ちょうにちがっこうしょうじんせつ)  超日月光を放ちて、塵刹を照らす。
  一切群生蒙光照(いっさいぐんじょうむこうしょう)  一切の群生、光照を蒙る。

 (現代語訳) 「世界にあまねく無量光、無辺光(ほとりのない光)、無碍光(遮るもののない光)、無対光(比較を絶した光)、炎王光、清浄光、歓喜光、智慧光、不断光、難思光、無称光(ことばにならない光)、超日月光を放って隈なく照らしてくださるから、生きとし生けるものはみな、その光をこうむることができるのです。」

 第2章で「法蔵菩薩に遇う」ということについてお話してきました。それは「南無阿弥陀仏の声が聞こえる」ことでした。今度は「光に照らされる」というかたちで「法蔵菩薩に遇う」ということです。
 繰り返しを厭わず大事なポイントを押さえておきますと、「遇う」というのは「会う」と違い、「ふと」、同じことですが「思いがけず」ということです。道を歩いていて、突然「こんにちは」と声をかけられ「あれっ」と驚く、これが「遇う」です。そして、誰かの姿が目に飛び込んできて、その奇遇に驚く、これが「遇う」です。
 ここに他力の消息があらわれています。


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