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『正信偈』を読む(その142) ブログトップ

来迎ということ [『正信偈』を読む(その142)]

(3)来迎ということ

 そして第二章が「欣求浄土(ごんぐじょうど)」。ここでは一転して極楽浄土の荘厳が描き出されます。藤原道長(彼は源信と同時代の人です)はこのイメージを元に法成寺阿弥陀堂(ほうじょうじあみだどう)を造り、頼道は平等院鳳凰堂を造ったのです。あるいは極楽図が描かれ、それによってわれらの極楽観が養われていきました。
 中でも重要なものが「来迎」です。源信は極楽浄土には十楽があるとして、その第一に聖聚来迎の楽を上げ、臨終を迎えた念仏行者の前に阿弥陀仏が観音・勢至菩薩をはじめ多くの聖聚とともに現れるさまを描写しています。『観無量寿経』の九品段の叙述にもとづいているのですが、源信が『往生要集』の中でこのように来迎のありさまを描いてくれたお陰で多くの日本人の心に往生のイメージが形づくられたと言えるでしょう。そしてそれが数知れず来迎図として描かれ、われらの目の前に親しく手を差し延べてくださる阿弥陀如来への渇仰の思いが醸成させられていったのです。
 このように見てきますと、源信の教えというのは「厭離穢土、欣求浄土」に尽きると言えます。人は穢土を厭い、浄土に往生することを願うべきである。では浄土に往生するにはどうしたらいいのかというように論が展開していくのですが、そうしますとおのずから穢土と浄土の接点となる臨終に焦点が絞られることになります。
 この世でなすことはすべて往生のための準備であり、うまく準備できたかどうかは臨終において検証される訳です。首尾よく往生を果たせたか、それともまた六道に輪廻することになったのか(その判定は、亡くなった本人が身近な人の夢の中に現れ、今どこにいるかを報告することによってなされたようです)、ここにみんなの目が注がれるのは自然の成り行きです。かくして慶滋保胤(よししげのやすたね)の『日本往生極楽記』をはじめ多くの往生伝が残されることになります。
 

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