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源信と法然 [『正信偈』を読む(その158)]

(5)源信と法然

 さて、親鸞は、わが日本に浄土の真実の教え(浄土真宗)を興したのは法然だと言うのですが、すでに源信について「源信、広く一代の教を開きて、偏に安養に帰して、一切を勧む」とありました。前に言いましたように、源信の『往生要集』こそ日本の浄土教の原像を作ったといっていいと思いますが、としますと法然が「真宗の教証、片州に興す」というのはどういうことでしょう。源信の浄土教と法然の浄土教はどう違うのか。
 源信は山(比叡山延暦寺)にとどまり、法然は山を下りた、と言われます、ここに決定的な違いがあると。
 つまり源信はあくまで天台宗の僧として念仏をしたのに対して、法然は天台宗に見切りをつけ、専修念仏の道の選んだということです。『選択集』の「選択」というのは、「あれを捨て、これを選ぶ」ということです。先に上げた「三選の文」にありますように、「聖道門を捨て、浄土門を選ぶ」、「雑行を捨て、正行を選ぶ」、「助業を捨て、正定業(称名)を選ぶ」ということです。「あれも、これも」ではなく「あれか、これか」。
 法然は決然と山を下り、専修念仏の道を選んだ。
 さてしかし源信も念仏往生の道を選んだのではないでしょうか。源信自身、「それ往生極楽の教行は、濁世末代の目足なり。道俗貴賎、誰か帰せざる者あらん」と言っていましたし、そのことを親鸞も「専雑の執心、浅深を判じて」と言っていました(20)。その意味では源信も専修念仏です。ただ、ここに微妙な、しかし本質的な差異を見出すことができます。源信も法然も称名念仏を選んだと言ってきましたが、源信の選択と法然の選択では、その主体が異なるのです。
 源信は念仏を自ら選択していますが、法然としては、念仏は阿弥陀如来が選んでくださったのです。


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