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誰一人信じなくても [『唯信鈔文意』を読む(その10)]

(10)誰一人信じなくても

 この本の著者(近藤誠氏)はがんの専門医ですが、できるだけ病院には近づくなと言われる。案の定、多くの医者はこれに猛反対しているようですが、さて、がん検診は受けた方がいいのか、受けない方がいいのか。双方の言い分をよく聞いて、どちらが正しいのか判断しなければならないのですが、何しろどちらも医学の専門家ですから、素人のわれらとしては右往左往することになります。そんなとき、やはり「みんな」はどちらを信じるかが気になります。
 「みんな」が信じるから自分もとなるのは、こちらから何かを手に入れようとしているからです。
 がんという病気について、どう対処したらいいのかをこちらから見きわめようとするとき、「自分ひとり」が信じるというのは不安で仕方がありません。「みんな」が信じるとなってはじめて自分も信じようとなります。この場合「みんな」とは言っても、誰ひとり例外なくという意味ではありませんが、一部の人が信じているのではなく、ほとんどの人が信じていることが正しいと考えるのが人情でしょう。
 もちろん、それが誤っていることもままあり、安易に「みんな」になびいてはいけないということになるのですが。いずれにせよ、何かをこちらから手に入れようとするときは、「自分ひとり」と「みんな」は対立すると言えるでしょう。
 ところが、「自分ひとり」が信じることに万鈞の重みがあるときがあります。誰ひとり信じなくても、自分だけが信じることにこそ意味がある。他の人が信じないから自分だけ信じるというのではありません、他の人が信じようが信じまいが、そんなことはおよそ関係なく、ただ「自分ひとり」が信じる。


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